『任意後見契約をしておけば、認知症になっても大丈夫』――
ネットや本ではよくそう書かれています。
相談現場で多くの事例を見てきた私からすると、
これには大きな「注釈」が必要です。
現実には「立派な契約書はあるのに、いざという時に全く機能していない」という、
いわゆる“塩漬け”のケースが驚くほど多いからです。
今回は、任意後見がなぜ「使われない制度」になりやすいのか、
その裏側にある「現場のリアル」と、後悔しないための備えを整理します。
公証役場でハンコを押しても「始まらない」
任意後見契約は、
本人と「将来の後見人(受任者)」が
公証役場(将来の争いを未然に防ぐ「契約の公証」を行う場所)へ行き、
公証人(法務大臣から任命された法律の専門家)の目の前で実印を押して「公正証書」を作る大変な作業です。
しかし、これだけ厳格な手続きをしても、
その瞬間に何かが始まるわけではありません。
本当のスイッチは、本人の判断能力が落ちた後、
家庭裁判所に申し立てをして「任意後見監督人」が選ばれた時に初めて入ります。
ここに、大きな落とし穴があります。
受任者が「スイッチ」をスルーしてしまう現実
一番衝撃的な事実は、
「契約の時に隣でハンコを押した受任者(子どもや親族など)が、いざという時に動かない」ケースがあることです。
- 責任の重さに尻込み: 契約から数年が経ち、いざ発動となると「自分も年を取ったし、これ以上の負担は無理」とスルーしてしまう。
- 「お目付役」への抵抗:実際に後見が開始(発動)すると、家庭裁判所から「任意後見監督人(専門家)」が選任されます。すると、お金の使い道を1円単位でチェックされるようになります。「自由に親のお金を使えなくなるなら、今のまま(勝手に管理)でいいや」と、手続きを先延ばしにする心理が働きます。
- 気づけない空白: そもそも離れて暮らしていると、認知症のサインを見逃し、スイッチを押すタイミングそのものを失ってしまいます。
受任者の「善意」だけに頼った布陣は、
時間の経過とともに脆(もろ)くなってしまうのです。
始まった瞬間に発生する「コスト」の壁
実際に後見が開始されると、
そこからは「月額費用」が発生するサブスクリプションの世界になります。
- 任意後見監督人への報酬: 月1万円~3万円程度(法律上、必ず発生します)
- 任意後見人への報酬: 専門家に依頼している場合は月3万円〜(家族なら設定次第)
つまり、専門家に後見人を頼んでいる場合、
毎月4万円以上の固定費が亡くなるまでずっと続く可能性があるのです。
家族信託であれば、
身内だけで管理することでこの「月額報酬」を抑える選択もできますが、
任意後見は「専門家によるチェック」がセット。
亡くなるまで止まらないこの固定費が、
家族にとっては意外と重い負担になり、
「今はまだ始めなくていいか……」というブレーキになります。
任意後見人は「手足」ではない
任意後見人はあくまで「書類上の代理人」です。
- できること: 施設の契約書にサインする、入院費を振り込む(=代理)
- できないこと: パジャマを買いに行く、電球を替える、通院に付き添う(=実働)
書類上の権限だけあっても、
日々の生活を支える手足(実働)がなければ、老後の暮らしは回りません
まとめ:契約書を作って「終わり」にしない
任意後見は、「使われるための準備」があって初めて機能する制度です。
「契約書があるから大丈夫」と過信せず、
それが実際に動くシーンを想像してみてください。
お金(信託)、判断(後見)、そして生活(実働)。
この3つが揃って初めて、あなたの家の「布陣」は完成します。
この記事が、あなたの老後準備の「布陣」を考えるきっかけになれば幸いです。
- 【布陣の考え方を復習する】 → 前回の記事:家族信託は「魔法の杖」ではない──できること・できないことの全貌
- 【制度の限界を知る】 → 次回の記事:法定後見は「最後の手段」か、それとも「不自由な選択」か?──準備不足が招く、家計の“緊急封鎖”


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